2008年06月28日

師匠は小学六年生5

 今日は地元の小学六年生3人が社会勉強の授業の為 半日研修
 に来ました。小学生とあって受け入れてくれる企業がなかなか
 見つからないとの事でしたが、私も小学生の子を持つ親として
 本人たちにとっては良い勉強になるなとの思いから受け入れる
 ことを承諾しました。朝8時30分やっぱりいざ預かると思うと
 緊張しながら待っていました。なにをやらそうか、けがを
 させたらいかんなどと、不安が押し寄せていました。
 女の子二人と男の子一人が玄関より 元気な声で
 おはようございます と入って来ました。ふと若い頃を思い
 出しましたね。私がこの世界に入ったのが昭和50年代の中盤
 で、まだまだ徒弟制度当然でしたから 朝の挨拶ひとつ
 キチンとしないと先輩から蹴りのひとつが飛んでくる時代
 でした。今と違って暴走族あがりや学生時代に
 手のつけられない、いわゆる不良少年だった人たちがゴロゴロ
 いた時代でしたから、それはもう恐怖でしたね。
 この小学生の純粋な姿を見て、今日私たちがこの子達にした様
 な温かい対応をしていたら、今の人不足などは軽減
 されたんじゃないかな、なんて頭をよぎりました。
 さて、飲食店の朝の準備は一番大事な時間でまだ気が入って
 いない職員もいる事もあって、時間に追われて思うように
 段取りが組めない事も良くあるんです.
しかし、小学生達は支持された事を何とてきぱきと、こなして
 いくではありませんか。しかも物怖じせずにスピードもある
 びっくりしました。掃除もきびきび、物の理解が早いのには
 びっくりしました。私が作業途中で本人達をよく褒めながら
 教えてやりました。すると俄然テキパキに手を動かします
 やはり、人は褒められると力を最大に発揮するんだなと
 例え、それが社交辞令であっても褒められるという事が
 能力を最大に発揮するんだ、と、いまさらながら私自身が
 教えられたようでした。他の従業員たちも同じような対応
 をしていたので、私と同じ要に感じとったのではないかな。
 私自身、今があるのは、親方や先輩方に厳しくされたおかげ
 だと、いつも感謝していました。でもこの子達のような
 教わり方をしていたなら、どうだったろう。もちろん修行
 と研修の違いはあれど、褒められて上達したのと、しごかれて
 精神の限界で教わったのでは、最終的に何処に差が付くのかな
 と今深く考えてしまいました。厳しいしごきの毎日で同期
 がどんどんやめていき、残った者が更に厳しい毎日をすごす。
 更にそこから弱肉強食の様に上を目指して登っていく。
 弱っている先輩がいれば、その人を追い抜いていく自分。
 敗れた先輩は去っていく。それで優越感に浸っていたことが
 今思うと人間らしさが欠けていたんじゃないかなと思ったね
 生き生きとして作業をしているこの子達を見てなんか
 心が寂しかった。
 今、20代の若い人が特に和の料理人になる人がいない。
 幸せなことに、私の職場には三人の料理人がいる。
 私の時代と違って、世間話やジョークを交えながら仕事を
 している。ときには叱ることもある。しかしその後のフォロー
 も忘れないでする様にしている。確実に育ってきているし
 仕事の覚えるスピードがまるで違うんです。
 私が5年かけて覚えた事がいまは2年でマスターしている。
 これってどっちが良いのかは、どっちなんでしょうかね。
 ただはっきり言えるのは、ここ一番の踏ん張りと難関を
 乗り切る知恵は、厳しく積み重ねた者の方が強いですね。
 もう私たちの様な厳しくたたきあげられた時代はもう来ない
 でしょう。しかし好きな料理を造ってお客様にお出しして
 お客様からお金を頂いて、更にご馳走さまでした、とお礼を
 言って下さることがいかに有難い事かそれだけは若い者に
 きちっと教えていかなくてはいけないなと思いました。
 そんなんで、お昼の忙しい時間も楽しく生き生きと研修を
 してくれたこの小学生3人、最後に目の前で寿司を握って
 食べてもらいました。純粋に美味しい、美味しいとパクパク
 ほうばっていた姿がとてもかわいかったなあ。
 引率の先生も無しに良くやったね、と、ねぎらいの言葉を
 書けたら、又研修があったら必ずはな房に来ますと言って
 くれた事に私は感無量になったね。
 こっちこそ、この子達に教わった事がたくさんあった事に
 感謝します。良い1日でした。

 
 

 
 
 

chikurahanabou at 02:17│Comments(0)TrackBack(0) グルメ | 料理レシピ

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